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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)565号 判決

主文

原判決中上告人等敗訴の部分を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所金沢支部に差し戻す。

理由

論旨第二点について。

原判決の認定したところによれば、同判示チ二番宅地につき、自作農創設特別措置法による買収売渡がなされたのは昭和二三年七月二日であるところ、当時施行中の同法(昭和二二年法律二四一号によつて改正された昭和二一年法律四三号自作農創設特別措置法。以下単に自創法という。)一五条は、「第三条の規定により買収する農地若しくは第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者又は当該農地につき所有権その他の権利を有する者が左に掲げる農業用施設、水の使用に関する権利、立木、土地又は建物を政府において買収すべき旨の申請をした場合において、市町村農地委員会がその申請を相当と認めたときは、政府はこれを買収する。……」と規定しているが、その趣旨とするところは、同法三条の規定により買収する農地又は一六条一項の命令で定める農地の利用を増進し、その他自創法の円滑な施行を期するため、農地買収に附帯して、農業用施設、水の使用に関する権利、立木、土地又は建物を買収しうる途を認めたものである。

ところで、右一五条によれば、附帯買収の客体として定められたものの中で、土地は、同条一項二号により、牧野又は宅地とせられているが、宅地を附帯買収する場合において、その宅地の上に樹木が生立するときは、その樹木は、これを特に同条にいう立木として附帯買収する場合を除き、右宅地と離れて別個に附帯買収の客体とする途は認められていないのである。しからば、そのような場合において、宅地に対する買収処分のなされたとき、右買収処分の効果が、当然にその上に生立する樹木にも及ぶものかどうかを考えてみるに、樹木は通常土地の一部であつて、土地の売買の効果は、原則としてその土地の上に生立する樹木にも及ぶと解するを相当とするから、宅地につき右附帯買収のなされた場合には、その上に生立する樹木は、それが例えば果樹園の果樹や特に植樹された樹木等のごとく、社会における取引の通念上、その土地と別途に独立して取引の対象とせられるものでない限りは、右宅地と一体をなすものとして買収処分がなされたものと解しうるかのごとくである。しかし、このような解釈が可能かどうかは、本件のごとき買収処分にあつては、買収対価が右宅地につきどのように定められるかということと関連して判断する必要があるのであつて、その宅地の上に生立する樹木が、買収対価の算定上、宅地自体の買収対価の外に、格別の考慮を払うことを必要とする程度の価格を有するものとは認められないものである場合、又はそのような価格を有するとしても、これを買収対価の中に算入しうる途の認められている場合においては、右のような解釈は妥当するけれども、しからざる場合においては、右の解釈は採用し得ないものといわざるを得ない。何となれば、若し、しからざる場合にも、この解釈によるものとすれば、右樹木に対しては、正当の補償なくして、その所有権を侵すこととなり、憲法二九条にも違反することを免れない結果となるからである。

そこで、更に、自創法一五条により宅地を附帯買収する場合、その買収対価を算定するに当り、その上に生立する樹木の価格が、宅地自体の買収対価の外に特に考慮されているかどうかをみるに、同条二項、三項および六条二項により、右宅地の買収の対価は「時価を参酌して」これを定めるべきものとせられ、そしてこれを定めるには、中央農地委員会議の定める基準によるべきこととされ(自作農創設特別措置法施行令一一条)、これに基き、中央農地委員会議の定めた「宅地等の対価算定基準に関する件」(昭和二二年五月一四日農林省告示七一号)が告示せられているのであるが、右告示によれば、宅地についての対価算定の基準としては、「その賃貸価格に財産税法の定める倍率を乗じて得た額(借地法に規定する借地権が設定せられている宅地については、その借地権の財産税法に定める価格を控除した額)の範囲内とすること。右の価格の決定に当つては、宅地は農地にとつては作業用地でもある事情並びに賃借人において宅地造成をした場合等特別の事情を考慮すること。」と定められているのであつて、これらの諸規定を勘案すると、その樹木が、買収対価の算定上、宅地自体の買収対価とは別に、格別の考慮を必要とする程度の価格を有するものである場合において、その価格は、買収対価算定に当つて特別に考慮する途は何ら認められていないのである。(尤も、上記昭和二二年五月一四日農林省告示七一号には「対価決定に当つては、宅地は農地にとつて作業用地でもある事情並びに賃借人において宅地造成をした場合等特別の事情を考慮すること」とあるけれども、右特別の事情は、その宅地自体の価値に関するものをいうと解するを相当とし、それ自体相当の価格を有すると認められる樹木がその宅地上に生立する場合、右特別の事情に当るものとしてその樹木の価格を買収対価の中に算入することを認めた趣旨とは解しえない。なお、自創法三〇条、三一条、同法施行令二五条-昭和二五年一〇月二一日政令三一六号により削除されるまでのもの-及び昭和二五年九月一一日政令二八八号「自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令」二条、五条、同政令施行令一四条並びに農地法一一条、一四条、四四条、農地法施行令二条一項、三条一項、六条一項等によれば、買収の対象たる土地の上に竹木の存在するときは、土地の価格にその竹木の価格を加えて買収の対価を算定する旨が定められているが、本件のごとく、そのような規定を欠き、且つ買収の対価算定につき上記のような諸規定の定められている自創法一五条の宅地の附帯買収については、右と同様に解することはできない。)しからば、結局自創法一五条による宅地の附帯買収処分は、その宅地の上に生立する樹木が買収対価の算定上宅地自体の買収対価とは別に格別の考慮を払うことを必要とする程度の価格を有するようなものである場合には、その効果を右樹木に及ぼし得ないものと解するを相当とするのである。

これを本件についてみるに、原審は、本件立木三本のうち二本(検証図面にロ<丸囲みにロ> ハ<丸囲みにハ>と表示のもの)は、原判示チ二番宅地上に生立していたこと、及び右チ二番宅地は、明治二〇年頃被控訴人の先代から訴外清水賢庵へ、同二七年七月二七日同訴外人から控訴人丑雄の先々代豊蔵へ、それぞれ売買により移転せられ、後その相続人丑造(一審被告)の所有に帰したが、昭和二三年七月二日自創法の規定により、被控訴人が買収売渡をうけて、その所有権を取得したものであることを認定しており、右認定は、その挙示の証拠により当審においてもこれを是認することができる。ところで、右チ二番宅地の買収売渡の効果が果して前記立木二本にも及ぶものであつたかどうかというに、若し右立木の価格が本件宅地の買収の対価に比しかなり高額のものであつて、その対価中に包含されたものと認めえない場合には、本件宅地の買収処分の効果は、右立木に及ばず、国はその所有権を取得するに至らなかつたものと解すべきこと前段説示に照らし明らかであり、従つて政府のした右宅地の売渡処分により、右立木が被上告人の所有に帰するいわれもないものといわなければならない。しかるに、原審の適法に確定した事実によれば、上告人らにおいて昭和二四年七月二日伐採搬出した本件立木三本(うち二本はチ二番宅地上に生立していたもの)のその当時の価格は六万円であつたというのであるから、その中チ二番宅地上の二本の立木の価格は本件買収売渡のあつた昭和二三年七月二日当時すでにかなりの高額であつたことが窺われ、他面本件宅地の買収売渡の対価が四三五円五〇銭に過ぎなかつたことを認めるに足る証拠も存するのである。されば原審としては、本件宅地の買収売渡に伴つてその上に生立する本件立木二本が被上告人の所有に帰するに至つたか否かの争点については、右買収売渡に際しての宅地の対価竝びに右立木の価格が何程であつたかを認定し、その両者を比較考量し、宅地の附帯買収に関し自創法一五条の解釈につきさきに説示した趣旨によつて、その判断をなすべきであつたのである。しかるに原審は「自創法第十五条には控訴代理人主張のように立木或は宅地につき買収の申請をなしうる旨規定しているが、同法に特別に買収売渡の対象とされる立木とは取引通念上その地床とは別途に立木として独立に取引の対象とせられる場合(例えば果樹園の果樹、特に植林されている杉、松、桧、桐等)をいうものであり、通常土地の一部として該土地が取引されるとき土地と共に(その価格が土地の価格に見込まれると否とは兎も角)取引せられ、床地と離して別途にその立木のみが取引の対象とされない様な立木迄も包含しないものと解すべきである。……勿論同法所定の立木でないことにしても買収売渡の対象たる土地に立木等が存する場合には、同法所定の特別事情としてその買収売渡価格の算定を考慮せらるべきか否かの問題である。」と判示し、「従つて本件立木三本中の中……二本は昭和二十三年七月二日自創法によりチ二番宅地の買収売渡を受けると同時に、特別の除外のなされない以上、その構成部分として当然被控訴人の所有に帰したものであつて云々」と判示している点は、自創法一五条の解釈適用を誤り、審理不尽であつて、論旨はこの点において理由がある。

されば、原判決中前記立木二本を含む被上告人所有の本件立木三本の伐採搬出を理由としその所有権侵害による損害の賠償を命じた部分は破棄を免れないばかりでなく、右立木二本の所有権の帰属についての認定が変更されるときは、その伐採搬出に伴つて発生した被上告人の身体傷害による治療費等の支出竝びに休業にもとずく損害の賠償額、慰藉料の額の算定に影響を及ぼし、更に、本件立木三本の伐採の遅延による損害の賠償を求める上告人北陸造船株式会社の反訴請求につき、本件立木三本全部が被上告人の所有に属するとの前提に立つてこれを認容するに由ないものとした部分も違法であるに帰するから、原判決中以上の部分はこれを破棄して原審に差し戻すべきものとする。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条により、主文のとおり判決する。

裁判官岩松三郎は退官につき評議に関与しない。

この判決は、その余の裁判官全員の一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔)

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